今日4月9日は、競馬のG1桜花賞の開催日です。桜花賞はイギリスの伝統的なレース(クラシック競走)である1000ギニーステークスを模範にして1939年に創設されました。創設当時のレース名や開催競馬場などは、歴史とともに変わっていますが、優秀な競走能力をもつ3歳牝馬を発掘し、後世へ血統を残していくという目的は当時のままです。このコラムでは、気象予報士の視点から2023年桜花賞の展望を「天気」と「牝系(母方の血統)」との関わりから紹介します。
クッション値からみた雨と競馬の関係
はじめに天気と競馬の関わりについての解説です。競馬は、他のレース競技とは異なり、屋外の芝やダート(クッション砂)コースで行われます。これらの表層の下には、路盤という砂や土壌、砕石といった素材が各競馬場の気候に合わせて敷かれているそうです。雨が降った場合は一定期間、芝の根やクッション砂、路盤に水が蓄えられることになります。芝コースの場合、この蓄えられた水が多いほど、走る際に地面から得られる反発力が小さくなるという性質があるそうです。つまり、一定量の雨が降った後には、地面からの反発力が弱いコースとなります。この反発力はJRAが専用の機材を使って開催日の朝に「クッション値」として公開しています。この値は、一定の高さからおもりを落とした際の減速を計測し、芝からの反発力(負の加速度)として数値にしているそうです。
馬は芝からの反発力の一部を推進力や制動力に変えて移動します。このため、馬が同じ力で地面を蹴ったとしても、クッション値が変われば、得られる推進力やコーナリングのスムーズさも変わるはずです。下の図はJRAのホームページで公開されている、過去のクッション値と走破タイムをプロットしたものになります。条件を揃えるために、芝2000mで行われた未勝利クラスの競走から抽出しました。道中の逃げ馬のペースによって同じクッション値でもバラつきがあるようですが、クッション値が高いほど早い時計が出やすい傾向があります。このように天気と競馬の繋がりはとても深く、雨の他にも風や気温、湿度、日照など様々な気象要素がレースに影響を及ぼしているそうです。
2020年11月~2023年3月における
芝2000m未勝利クラスの走破タイムとその日のクッション値
JRAホームページのデータより作成
エネルギーの源は母親からのみ継承する
クッション値の性質や走破タイムとの関係から、同じ走破タイムであってもクッション値ごとに踏み込みに必要な力が異なることが推測されます。また、クッション値に応じた最適な力で踏み込みを続けるためには、体に蓄えた栄養を要求されるエネルギーへ効率よく変える必要があると筆者は考えています。このエネルギー変換の大部分を担うのが細胞の中にあるミトコンドリアです。ミトコンドリアは細胞内の核とは別に独自のDNAを持っていて、母親から子へのみ受け継がれることが知られています。また、ミトコンドリアDNAは核DNAと比較して変異が起こりやすく、数千年オーダーで子孫の間にも多様性が生じるそうです。同じく数千年規模の長い歴史を、人と馬は世界各地で紡いできました。その歴史の中で、土地ごとの気候や土壌に合わせて、最適なエネルギー変換を行うことができるミトコンドリアDNAが選抜されてきたのではないかと推察されます。
母方のみから受け継がれるミトコンドリアDNAですが、同じ母方の血統を持つグループを調べるために便利な分類が考案されています。それは「ファミリーナンバー」と呼ばれるものです。19世紀オーストラリアのブルース・ロウは、当時のイギリスのサラブレッドの血統書を調べ上げ、牝系の祖となる母馬まで母方の血筋を遡りました。また、その牝系の子孫たちにおけるイギリスの「エプソムダービー」「セントレジャーステークス」「オークス」の勝利数を調べ、その数が多い順に1~43番の数字でグループ分けしました。この数字こそがファミリーナンバーで、おおまかにミトコンドリアDNAの共通グループとしてみることができるそうです。ファミリーナンバーとクッション値との関係を分析すれば、母馬達が世界各地で磨いてきた馬場適性が分かるかもしれません。そこで桜花賞の開催に合わせて、類似した条件で行われたレースのクッション値と出走した馬のファミリーナンバーを調べ、桜花賞の勝ち馬を展望していきます。
クッション値と牝系から考察する2023年桜花賞
2023年 第83回桜花賞出馬表
JRAホームページのデータより作成
2023年の桜花賞に出走する馬たちのファミリーナンバーを調べますと、F1が最も多く、4頭が出走します。F1の牝系は全サラブレッドの20%に近づきつつあると言われており、桜花賞でもその覇権がうかがえます。これらのファミリーナンバーと同じ馬を、桜花賞と同じ「芝1600m」「右回り」「3歳牝馬限定戦」という条件で抽出し、各レースにおける1着馬とのタイム差とクッション値との関係をプロットしたのが次の図です。
2020年11月~2023年3月の桜花賞類似条件における
ファミリーナンバーごとのクッション値別タイム差
JRAホームページのデータより作成
F1・F4・F7・F9・F20・A1はバラつきが多いか、そもそもデータ数が少ないため傾向を見出すことができませんでした。なお、抜けた1番人気のリバティアイランドが属するF5の成績をみると、タイム差1秒以内に入ることが多いものの、勝ち切れていないという印象があります。桜花賞の条件では、リバティアイランドが他の馬に先着を許してしまう可能性がみえてきました。
2020年11月~2023年3月の桜花賞類似条件における
F3・F10・F12・F22のクッション値別タイム差
JRAホームページのデータより作成
一方で、クッション値との関係から傾向が浮かび上がり、馬券内に浮上する可能性が出てきたファミリーナンバーがF3・F10・F12・F22です。
F3とF10はクッション値が低いほど、タイム差が縮まる傾向があり、クッション値9.6前後で1着の可能性が見えてきます。F3に属するのがG2チューリップ賞の勝ち馬モズメイメイ(7番人気)、G3デイリー杯クイーンカップ1着のハーパー(3番人気)です。F10ではG2報知杯フィリーズレビューで11番人気ながら3着に入ったジューンオレンジ(17番人気)が該当します。
また、クッション値9.6~10.4の間でタイム差0.5以内に収まる馬が多いのがF22です。クッション値10をピークに広く勝利の可能性があるのではないでしょうか。F22に属するのは、アネモネステークス勝ち馬のトーセンローリエ(13番人気)、G3新潟2歳ステークスとG3フェアリーステークスと2つの重賞勝ちをしているキタウイング(11番人気)です。
さらに、F12はクッション値が高いほど、好成績を収めやすい傾向があります。F12に該当するのはG2報知杯フィリーズレビューで2着のムーンプローブ(18番人気)です。10.5前後のかなり高いクッション値になれば前走からの距離延長でも勝ちの見込める可能性があります。
※各馬の人気は前日発売締め切りの4月8日(土)17:30現在のものになります。
気象予報士の2023年桜花賞予想
当日のクッション値ですが金曜日までの雨であまり高くはならず、9.5前後になるかと思います。それを踏まえて筆者の予想をまとめますと、
◎5番 ハーパー(3番人気):クッション値の適性が高いF3の牝系で、さらに細分したグループはF3-oに属し、あのマイル女王グランアレグリアと同じです。鞍上もグランアレグリアの主戦だったルメール騎手に変わり、高い合性が期待できます。
〇6番 モズメイメイ(7番人気):こちらもグランアレグリアと同じ牝系。前2走とも逃げの一手で、今回もレース展開を握るのではないでしょうか。牝系からみた馬場適性も高く、上手いペースを刻めれば逃げ残りもありそうです。
▲8番 キタウイング(11番人気):F22の牝系で、オールマイティーにクッション値に対応できそうです。阪神での成績が落ち込んでいますが、栗東に滞在して調整を行っているとのことで、輸送の影響はなく上積みを出し切れるのではないでしょうか。
☆15番 ジューンオレンジ(17番人気):F10の牝系で、クッション値が9.5~9.7であれば馬券に浮上する可能性がありそうです。牝系の曾祖母であるツィンクルブライドは桜花賞2着馬と、なかなかの良血を持っています。
ほか、△3番リバティアイランド(1番人気)、△9番コナコースト(4番人気)、△18番トーセンローリエ(13番人気)
いよいよ今年の牝馬クラシック初戦。熱いレースを期待しています!
※この記事の予想は的中を保証するものではありません。参考にして頂けると幸いです。
【参考文献】
JRAホームページ
https://www.jra.go.jp/
ミトコンドリアDNA分析でわかった「人類のルーツはアフリカ」―公益財団法人テルモ生命科学振興財団
https://www.terumozaidan.or.jp/labo/technology/10/02.html
ファミリーナンバー – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%9F%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%83%B3%E3%83%90%E3%83%BC
JBISサーチ(JBIS-Search):国内最大級の競馬情報データベース
https://www.jbis.or.jp/